千早とアイマスとニコマスと

主についったーに生息するがいすととかいう人の日記だったはずが気づいたらSSとか

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はじCさんの記事はなぜ炎上したか

副題:Cさんがやってくれないので分かりやすく語り直してみる。

ニコニコできないアイマスMADに未来はにい@はじめてのC お試し版

議論が錯綜しているように見えてよく対立を吟味すると実り多いのでまとめ。
ブコメで「ディスコミュニケーション」とかいわれているけどそんなことないよ。
お互いに分かった上で平行線をたどっているだけ。


「はじめてのC」元記事の主張


まずはわざとらしく煽り口調な元記事の内容の要点を簡潔に取り出してみます。
順番も分かりやすいように変えてるところがあります。

単純な話、アイドルマスターMADが面白くないんだよね。少なくともつまらないジャンルだと思われてるよね。



論点1:ニコマスはつまらないジャンルだと思われている。


アイドルマスターMADは残り部分、バラエティ枠のパイ争いに参加するしかないんだけど、私見ではこっちでも先行き暗いんじゃないですかね。この状態が続く限り。面白くならない限り。だって楽しくないバラエティってCMより不要でしょ。



論点2:「つまらない」というのは、「バラエティとして面白くない」という意味だ。「バラエティとして面白い」動画が必要だ。

ただ綺麗なだけじゃ三日で飽きるよ。「すごい」だけじゃダメなんだ。「楽しい」じゃないと。ついでに、凄くて可愛いのはもうバンナムが作ってくれてる。



論点3:「バラエティとして面白い」ためには、「凄くてかわいい」だけじゃダメで、「楽しい」が必要。


普通の視聴者を沸かせるのは面白エンターテイメントですから。そもそもコメント少ないことを自慢に思ってませんかね。コメントのない動画なんてZoomeで見た方が良いですよね。ここを勘違いしたせいで今じゃCA職人も寄りつきませんよ。



論点4:「楽しい」が必要だというのは、たとえば「コメントの余地のない完璧な動画」でなく、「思わずコメントしたくなる」動画が必要だということ。


身内で褒め合ってるうちにダメなサイクルに入っちゃうのをダサイクルって言うんですって。ニコマスってこれに嵌ってるよね。



論点5:「バラエティとして面白い」MADが減っているのは、内輪での「凄くてかわいい」への評価が高く、製作者がそれを意識しすぎるからだ。

おもろうてやがて悲しって僕の好きなパターンなんですけど、ついでに僕って単なる感想文ブロガーなんですけど、僕に思い出話のブログ記事ネタを提供したくなければ、どうかPの皆さんは現在制作中のMADに、少しでもニコニコできる要素が含まれてるかどうか確認してみてください。



結論:以上の理由で、このままじゃニコマス縮小しちゃうよそんなの嫌だよ

大きく分けると以上6つぐらいの論点がある。
迷走しているように見えるコメ欄も、どの論点への批判なのかを考えると、
実りのある議論になっているように思えます。


「迎合」する必要はあるのか


もっとも議論が紛糾しているのが、論点2への批判です。
「バラエティとして面白い」作品を目指すべきなのか否か。
ここに関しては議論が平行線をだどっている。
ただその平行線を浮き彫りにしておくことには意味があると思うのでやってみます。
例えば仮面P(id:nyaa1)の次のコメント。

大切なのは、ランキング上位に入ることだけじゃないでしょうに。
個性・好みの分散する世の中、その好みに適したものをきちんと届けるのが大切。


これが批判の中でももっとも中心をなすもので、
cocoonPやきゃのんPのコメントもこれと同様のものだとみなせる。
まとめると、

批判1ーA:「バラエティとして面白い」という、視聴者全体に共通の評価軸を提示するのは不可能。視聴者にはそれぞれの「好み」があるだけで、それに合ったものをそれぞれが探すしかない。


更にuranさんが付け加えるのが次の論点。

こういうのランキングに固執するのが「楽しい」なら別に
止めはしませんし楽しめばいいと思いますが、今のニコマス
ファンは逆に「楽しさ」だけに重視するなら離れるような気
がせんでもないです。


批判1-B:「バラエティとして面白い」という共通の評価軸を仮定してみんながそこに迎合してしまうと、逆におもしろくなくなる可能性が高い。

これは実際にいくつかの同人作品がたどった道だとしてブコメで指摘されてもいます。

さらに仮面Pは「埋もれ」というキーワードを持ち出します。

私が以前書いた記事です。
「埋もれることへの反抗 いや違う!埋もれることが問題なんじゃないんだ!」 http://d.hatena.ne.jp/nyaa1/20080204/p2


本当はリンク先の記事から引用すべきですが、
ここでは「埋もれ」というキーワードを確認できればよしとします。
おそらくここで仮面Pがいいたいのは次のようなこと。

批判1-C:「バラエティとして面白い」という軸を前面に出すことは、「埋もれと嫉妬」問題を蒸し返すことだ。ずっと議論されてきて、今になってようやくみんな乗り越えつつあるのに。


これらの批判に対してはじCさんが新たな反論を加えてはいません。
強いて挙げるなら次の一言。

話題ループを認めるくらい去年から何も進歩してない。
人だけは減った。


応答A:批判コメントのようにやってきた結果、事実として人が減った。

「だから変えなきゃいけない」のか、「それでもこのままでいい」のか、
議論が平行線をたどっているポイントはここにあります。
どちらがいいのかは分かりません。


見る側と作る側


これは記事の主旨にはないコメント欄の議論ですが、
ここにはじCさんの主張が強く滲んでいるように思うので取り上げておきます。
これも最初に提起するのは仮面P。

バラエティとはいうけれど、子供向けな低俗ギャグや下ネタでウケをとるのがニコニコ動画のランキング主流ですし、そこに一緒になってくだらないものを作るよりは好きなものを作ることを目指すのがPたちであり、ニコニコ動画のうp主たちなんですよ。


批判 B:「バラエティとして面白い」というのは見る側の要請でしかなくて、作る側が「バラエティとして面白い」ものを作りたいと思わないなら仕方ないんじゃ?

これについては同様の意見を持たれた方もきっと多いことと思います。
私も最初はそう思いました。だからCさんの書き方は的外れだと。
でもはじCさん自身にとってはそうじゃない、重要な問題だった。

嫌われるのは承知で書きますが「作り手と見る側」って単純な二分化でカタを付けようとするのはあもりにも思い上がりが過ぎると思う。こんなご時世、誰だってある場面では見る側だし、別の場面では見せる側でしょう。アイマスPはそれほど特別なものじゃない。


この発言には前提として、はじCさんにとっての「作り手のモラル」がある。
そしてその上でそれを共有してほしい、ということでしょう。
そのようなことを勝手に汲み取って再構成すると、応答は次のようになる。
応答B:「見てもらえるものを作りたい」という意識を持つのが作品を公開する作り手のモラルだ。

まとめに代えて
といったところで議論をたどってみましたが、むずかしいですね。
みんなニコマス大好きなことだけはすごくよくわかるんだけど。
自分の意見はまた余裕があったまとめたいですが、既にタイミング逸しているような。
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